My三国志百科事典

My三国志を楽しもう!My三国志はじめてガイド

董允(とういん)

本文 編集 画像登録 ノート 履歴
董允(とういん生年不詳246年)、休昭の武将で劉備が死去した後は劉禅の側近として仕えた。

概要

直言の士

北伐に際して諸葛亮は劉禅に郭攸之費禕らと共に董允の名を挙げ留守を託した。董允は劉禅が酒色に耽った時などは厳しく諌め、諸葛亮の死後宦官黄皓が劉禅に取り入り権力を握ろうとした時も董允はこれを警戒し黄皓の出世を阻んだ。

246年、死去した。董允の死後、陳祗・黄皓らの専横が始まり蜀は滅亡への道を歩み始めた。

逸話

費禕を羨む

同僚の費禕は職務を素早く終わらせ、仕事が済んだ後は酒や博打に興じていた。董允も同じような生活をしてみたが瞬く間に仕事が山積した。このため「費禕と自分の才はこんなにも違うものなのか。」と嘆いた。

馬車にまつわる話

董允には馬車にまつわる逸話が二つ存在する。一つは許靖の子の葬儀に出たときである。 父の董和は常々董允と費禕のどちらが優れているのかを気にしていた。董和はこの葬儀に際しわざと粗末な馬車を用意し、二人を共に参列させた。 董允は粗末な馬車で参列したことを恥じた様子であったが、費禕は全く気にも留めた様子がなかった。これを見た董和は「今ようやくどちらが優れているかがわかった」と言った。

今一つは董允が費禕や胡西と共に出かけるために馬車を用意していると、彼の下に董恢が訪ねてきた。 董恢は立派な馬車を用意し出かけようとしている様子と自分の官位が低いことを考え帰ろうとしたが、董允は「君は私を訪ねて知識を授けようとしてくれている」と言って外出を取り止め、彼の来訪を歓迎し家に招きいれた。

血縁

関連カテゴリ

尚書令 輔国将軍 劉禅 劉備

皆の評価

関連記事

最近の董允の一言

実は俺が呼ばれてたりして。

スポンサードリンク

関連URL

董允のイラスト

イラストを投稿する

董允の能力 評価する 皆の評価

ブログパーツURL [?]

董允のランキング(590人中)

統率力417

武力486

知力135

政治力29

魅力116

董允のタグ

関連商品