My三国志百科事典

My三国志を楽しもう!My三国志はじめてガイド

洛陽(らくよう)

本文 編集 画像登録 ノート 履歴
後漢王朝の創始者劉秀が都を長安から洛陽へ移した。献帝の代まで後漢王朝の都となっていたが、190年董卓により焼き払われ長安へと遷都された。直後、孫堅により修復を試みられたが復興には至らなかった。曹操が洛陽において再び献帝を奉じるが、洛陽は荒廃していた為許昌を都とした。その後、曹丕による帝位禅譲後、の都となった。

後漢時代の表記

五行説により後漢は「火徳」であった為、『洛』の文字を嫌い、雒陽と改称していた。魏の時代には元の表記洛陽へと戻された。

関連カテゴリ

都市

関連記事

スポンサードリンク

関連URL

洛陽のイラスト

イラストを投稿する

洛陽のタグ