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朶思(だし) - 南蛮一の毒使い

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朶思だし生年不詳~~225年頃)、字不詳。南蛮禿竜洞の洞主。三国志演義に登場する。正史には登場しない。朶思王とか朶思大王と呼ばれることが多い。

概要

四つの毒泉の計

に叛乱を起こし、諸葛亮と戦って四度捕らえられ四度釈放された孟獲は、打つ手に窮しているところ、弟・孟優から南番一の知恵者である朶思の力を借りることを進言され、これに応じた。

朶思は孟獲を禿竜洞に迎え入れ、蜀軍に対しては、禿竜洞への道のりにある飲めば口がただれ腸が焼け落ちる唖泉、中に入ると肉が溶けたちまち骨だけになる滅泉、手足をつければ黒くなり激痛が襲う黒泉、飲んで助かったものは一人もいない柔泉の四つの毒泉を通らせる計をもって対応した。

諸葛亮は先鋒として王平を先行させ、王平から報告が無いので関索に後を追わせた。王平は多くの犠牲を出しながらも四つの毒泉を進み、関索もこれを追ったが、両群の犠牲が限度を超え、諸葛亮に助けを求めた。王平・関索と合流した諸葛亮は、住民から四つの泉の毒を治療できる万安という者の情報を入手する。諸葛亮が万安を訪ねると、万安とは孟獲の兄・孟節だった。孟節から兵たちの治療を受けた諸葛亮は、蛮土を進み、ようやく孟獲と朶思王のいる禿竜洞にたどり着いた。

蜀軍が禿竜洞まで襲来できるはずがないと高をくくっていた朶思は、諸葛亮がそこまで攻め込んできたことを恐れ、もう降伏するしかないと進言したが、孟獲は応じず、すると禿竜洞のとなりの銀冶洞から楊鋒が救援に駆けつけた。これで戦えると孟獲と朶思は勢いづき、酒宴を開いて楊鋒の率いてきた女人部隊の舞を楽しんだ。しかしこの時すでに諸葛亮の策中にあり、楊鋒はすでに諸葛亮に攻められて捕らえられ懐柔されたところ、孟獲を捕らえるため派遣されたのだった。朶思と孟獲は女人部隊に捕らわれたが、何度でもかかって来るがよいと言う諸葛亮にすぐに解放された。

討ち取られる

孟獲は、妻・祝融の弟である帯来の進言で木鹿王(木鹿大王)に救援依頼の使者を出しつつ、そのあいだ朶思に三江城を守らせ諸葛亮を食い止めさせた。

三江城は川を堀とした要害で、さらに朶思は毒矢を用いて諸葛亮を防いだ。はじめ諸葛亮は攻め倦んだが、土嚢を積んで堀を埋めて攻め込んだ。これで三江城は陥落され、朶思は討ち取られた。。

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