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曹芳(そうほう)

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曹芳そうほう232年274年)、蘭卿。姓名ではなく、諡号でもなく、斉王と呼ばれ記述されることが多いの第三代皇帝。

概要

この子誰の子?

皇帝でありながら、正史本文においては続柄はわからないと記述される。魏氏春秋によれば曹楷曹彰の子)の子。

第二代皇帝である曹叡の実子が次々と妖逝したため、皇族だった曹芳は兄弟ともども曹叡の跡取り候補として養子とったという。斉王に封じられたのはそれより前。

曹真の子曹爽司馬懿が後見役につけられていた。

お飾り皇帝

曹叡が亡くなり曹芳が跡を継ぐと、曹爽と司馬懿がやはり補佐役となったが、曹爽は何晏の進言により司馬懿に名ばかりの閑職を与えて政権を独占した。 曹芳も実質的権限はほぼ持たされなかった。

すると司馬懿がクーデターを起こし、曹爽および何晏は政権から引きずり下ろされ、殺害された。司馬懿は息子の司馬師司馬昭らと共にやはり政権を独占し、またしても曹芳は実質的権限を持つことはなかった。

また、実質的権力どころか、形式的権限まで持たなかった。公式文書の名義などは郭太后のものだったという。

廃位

司馬一族の専横に憤った李豊夏侯玄張緝が、司馬懿の跡を継いだ司馬師に対してクーデターを企てたが、事前に察知されて失敗に終わった。

この事件がきっかけで曹芳は司馬師により皇帝の位から廃され、再び斉王となった。この時でまだ23歳だった。

洛陽を去るとき、見送りに来た家臣はわずか数十名だった。

血縁

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