My三国志百科事典

My三国志を楽しもう!My三国志はじめてガイド

張裔(ちょうえい)

本文 編集 画像登録 ノート 履歴
張裔ちょうえい生年不詳・166~167年~230年)、字は君嗣。劉璋に仕え、「実務の才能があって機転が効き、で言えば鍾繇のような人」と言われた。その鍾繇と偶然死亡年が同じである。劉備平定後は劉備に使えた。

概要

蜀防衛戦

劉璋のもと、劉備の蜀取りに対しては張飛の軍勢と戦って敗れた。

劉備に仕える

劉備に仕えると、益州太守となった時に、と通じて叛乱を起こした雍闔に捕らえられ、呉に送られてしまった。そこで孫権と引見したときに、「蜀の卓氏に駆け落ちした女がいるが、蜀の女はそんななのか?」とからかわれたので、「朱買臣(前漢の臣で、勤勉で出世したが、彼の妻はその出世の前に彼を見限って離婚した。「覆水盆に帰らず」の語源)の出世を待てずに離婚した呉の女よりましでしょう」と言って、劉備と別れて呉に逃亡した孫夫人を朱買臣の妻になぞらえることでからかい返した。孫権は張裔を立派だと思ったが、張裔自身は「しまった、愚者のフリをすべきだった」と後悔した。

それからすぐ、呉から逃亡して船で昼夜兼行し、蜀に帰還した。

スポンサードリンク

関連URL

張裔のイラスト

イラストを投稿する

張裔の能力 評価する 皆の評価

ブログパーツURL [?]

関連商品