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張燕(ちょうえん)

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張燕ちょうえん153年頃~没年不詳)、字不詳。もともとは褚燕という名だった。黒山賊の首領。のち、曹操の家臣。

概要

黒山賊の首領に

黄巾の乱が起こったとき、張燕は賊徒を集めて群盗を結成した。そのうち張牛角という人も勢力を築いて張燕に合流、数万の軍勢となり、張牛角を頭目とし、黒山賊と呼ばれるようになった。しかし程なく張牛角は張燕を後継者に指名しつつ戦死した。このときまだ褚燕だった名前を張牛角から張氏を取って張燕とした。

黄巾賊と同視され討伐軍が来たが、すでに黒山賊は十万を超え、褚燕は討伐軍を撃退したが、黄巾賊たちが鎮圧されていくのみなのに対し、褚燕は討伐軍を撃退しておきながら自ら官軍に帰順し、官位を得た。

董卓の専横が起こると、反董卓連合軍にも参加した。

飛燕

張燕は統率に優れた上に、個人としても戦闘能力が高く、特に速度に秀でていたので「飛燕」と呼ばれた。

解散~~

黒山賊の将・白繞于毒眭固らが兗州を攻めて曹操と戦って敗れたのをきっかけに、張燕の勢力は衰退していった。袁紹から執拗に攻撃を受け、張燕はその頃流浪して袁紹を頼ってきた呂布と戦ったが大敗した。

その後も袁紹と公孫瓚の戦いで公孫瓚に味方して戦ったが、お役に立てなかった。

そうするうちに公孫瓚が滅亡し、袁紹も曹操に敗れ滅亡したので、張燕は曹操に帰順した。黒山賊はここで消滅し、張燕は曹操に仕えた。

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