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張布(ちょうふ)

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張布ちょうふ225年頃~272年)、不詳。の重臣。

概要

孫綝を誅殺

では第二代皇帝孫亮の頃から、皇族孫峻の跡を継いだ孫綝が政権を独占して専横政治を行っていたが、第三代皇帝孫休が即位すると、丁奉、そして張布らと謀議して孫綝らを排除した。

専横

しかし張布は、この功績と、孫休がせっかく皇室の権力を取り戻したのにあまり政治に参画しようとしなかったのをいいことに、濮陽興とともに専横政治を行った。

孫休の崩御直前、その息子らが幼少だったため、本人の遺言に反対して甥である孫皓を跡継ぎとした。

後悔してまんねん

孫皓が即位して第四代皇帝となったが、孫皓は刑罰の濫発、拷問、虐殺など配下に対しての暴虐な行いが絶えなかった。張布と濮陽興は孫皓を皇帝にしたことを後悔し、孫皓の廃位を考えたという。

謀殺される

その後、張布らに恨みを持っていた万彧が孫皓に讒言し、張布と濮陽興は失脚したうえ死罪となった。

血縁

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