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廃帝弁(はいていべん) - 暗君

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廃帝弁(はいていべん、173年190年)霊帝と何皇后の子。劉弁(りゅうべん)。弁皇子小帝弁

概要

劉弁は霊帝の長男であったが、腹違いの弟劉協がおり、これを擁立しようとする宮内の勢力があったため、劉弁母・何皇后はその者らを次々と謀殺した。 そのかいあって189年皇帝に即位したが、董卓によって廃位され、実質皇帝とは認められなかった。 三国志演義では、劉協のほうが聡明さがあり、劉弁は暗愚でであったため、董卓は劉弁を廃位したたとしている。 その後弘農王に封じられたが、董卓によって何皇后と共に毒殺された。

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