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夷陵の戦い(いりょうのたたかい)

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夷陵の戦いとは、222年の間で起こった戦争。 下には、参戦者、死因(主に演義)などがのっている。

概要

先に、関羽を討たれ呉に復讐せんと準備を整えている矢先、張飛までもが部下に裏切られ死ぬ。 これに激怒した劉備は呉への復讐を決意。趙雲諸葛亮が諫めるも劉備は出陣した。 初め蜀軍優勢であったが森林に陣を敷いていた蜀軍は陸遜の火計により大敗。 蜀軍の将軍、兵士等おびただしい被害をだし蜀は敗退。白帝城まで退却し、劉備が死ぬ事で終戦した。

動員兵力

蜀軍:10万(演義では75万)

呉軍:5万

参戦武将

  • 蜀漢
    • 劉備 :白帝城まで撤退するが病没。
    • 馮習:乱戦のなか、徐盛に斬られる。
    • 張南:乱戦のなかで死亡。
    • 張苞:演義では関興と共に糜芳、傅士仁、潘璋、馬忠らを討つが、史実では既に死亡。
    • 関興:張苞と共に父の敵を討つ。
    • 趙雲:劉備を白帝城に迎え入れる。
    • 黄権:魏に降伏。その後の劉備への忠節は変わらず。
    • 傅彤:「漢の大将が呉の犬に降るものか!」と大喝し奮戦するも力尽きる。
    • 程畿:自ら首を刎ね死亡。
    • 魏延:特になし。
    • 趙融:孫桓に討たれる。
    • 馬良:戦死。
    • 黄忠:史実では既に死んでいるが、演義では「じじいは役にたたねぇよ」と言われ敵陣に突っ込むが敗北し劉備に見取られながら死ぬ。
    • 陳式:特になし。
    • 輔匡:特になし。
    • 廖化:呉から帰還し、そのまま東征に参加。
    • 龐林龐統の弟。黄権と共にに投降。
    • 呉班:陳式と共に夷陵に駐屯。
    • 劉寧:呉に投降。
    • 杜路:劉寧と共に呉に投降。
    • 沙摩柯:甘寧を討ち取るも、撤退中に周泰にでくわし一騎打ちで斬られる。
    • 陸遜:火計で蜀を破る。
    • 周泰:演義では沙摩柯を討ち取る。
    • 潘璋:活躍するが、演義でのみ関興に斬られる。
    • 韓当:特になし。
    • 朱然:活躍するが、演義では劉備を追撃した際、趙雲に斬られる
    • 丁奉:特になし。
    • 徐盛:馮習を斬る。
    • 凌統:特になし。
    • 甘寧:演義でのみ参戦し、沙摩柯に討たれた。
    • 孫桓:劉備曰く「わしがかつて呉を頼ったとき、まだ小僧に過ぎなかった孫桓ごときに、今はこれまで追いつめられるとは」
    • 駱統:特になし。
    • 周平:討ち取られる。
    • 謝旌:演義では討ち取られる。
    • 朱異:討ち取られる。

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