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司隷校尉(しれいこうい)

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司隷校尉とは前漢後漢曹魏西晋等に設置された役職。秩石は二千石。

前漢

当初の職務は巫蠱(呪殺行為)の逮捕、兵を指揮する事も認められていたが、諸葛豊が司隷校尉の時、廃止されてしまった。 また、司隷河南尹河内郡河東郡弘農郡京兆尹右扶風左馮翊)を統括する仕事あった。 元延4年には司隷校尉が廃止されたがその次の年号綏和2年には復活した。

後漢

一時廃止されていた司隷校尉はまた復活した。 霊帝刺史の他に州牧を設置した。 それにより州牧が太守よりも上位になり、司隷校尉も監察官から、帝都近辺の守備、行政を担当するようになった。 しかし、九州制を復活させたため、司隷校尉も廃止となった。

曹魏~西晋

曹魏では司隷校尉が復活。 西晋も引き継いだが、劉曜のために廃止。 東晋では完全に消滅。

こうして、司隷校尉は復活する事はなかった。

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