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鮮卑(せんぴ)

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鮮卑せんぴ)もともとは東胡と言って現満州あたりの地域で遊牧をしていた民族が、紀元前200年ごろに匈奴に攻められて逃亡、鮮卑山に移住することとなった者たちと、烏桓山に移住することになった者たちに分かれた。鮮卑山に移住することとなった民族を鮮卑という。その首領を大人と呼ぶ。

匈奴に従属していたが、匈奴の国が南北に分かれ、漢民族のの半属国状態となったため、鮮卑はその支配から免れ、独立国状態となった。

霊帝の頃には鮮卑の大人・檀石槐烏丸、匈奴の部族まで吸収し一大勢力を築いた。檀石槐は漢と戦い、大半の漢軍を破ったが、食糧難によって敗れたという。そのため、鮮卑はさらに朝鮮半島まで移住した。

檀石槐の死後はその子・和連が継いだが、その和連が漢に侵攻して敗れ戦死する。その後継者問題で族内が乱れ、軻比能が傀儡の大人を擁立して独裁政治を行った。

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