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馬岱(ばたい) - ここにいるぞ!

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馬岱(ばたい/mǎ dài 、生年不詳没年不詳)曹操馬超が敗れた後劉備へと仕え、長くに渡り活躍した。

概要

馬氏の生き残り

涼州扶風郡茂陵の人。馬超は死去する直前に「我が一族は悉く曹操に亡き者にされ、ただ馬岱だけが残りました。途絶えようとしている我が一族の祭祀を守らせる者として陛下にお託しいたします。ただそれだけが望みです。」と言い遺した。

魏延を討ち取る

北伐の最中諸葛亮が病死し撤退する際、魏延が諸葛亮の遺命を無視し、単独で行動しだした。諸葛亮より軍を引き継いだ楊儀と魏延はお互いに反乱を起こしたとして劉禅に訴えた。董允蒋琬らが楊儀を擁護した為、魏延は反乱軍とみなされ、王平に攻撃された。魏延は敗れ撤退を図るが馬岱が魏延に追いつき討ち取った。

その後もへの侵攻するが牛金に敗れた。

三国志演義では

馬騰の死を伝える

馬騰黄奎らと共に曹操の誅殺を計画していたが、事が漏れ馬騰一族は襲撃され馬騰・馬鉄馬休らは討たれる。馬岱は唯一人逃げ延び馬超のもとへ戻り馬騰らが討たれた事を伝えた。その後、馬超と共に行動した。曹操に敗れ、張魯のもとへ入る。李恢の説得を受け馬超が劉備に仕えるようになった際に馬岱も劉備へ仕えた。

魏延の監視役

諸葛亮が魏延の反発的な態度を見かねて司馬懿との戦に乗じて、魏延を亡き者にしようとした。しかし魏延は生き延び帰還した後、諸葛亮に詰め寄った。諸葛亮は馬岱に責任を被せ馬岱を処罰した。そして諸葛亮は馬岱に真意を話し魏延を監視させる為、馬岱を魏延配下とした。また、魏延が反逆の意を露わにした際には直ちに討ち取るよう伝えた。諸葛亮の病死後、楊儀に逆らい魏延は反乱した為、馬岱は魏延を討ち取った。

血縁

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