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祝融(しゅくゆう) - 南蛮マダム

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祝融(しゅくゆう生年不詳没年不詳)。南蛮王孟獲の妻。夫・孟獲の事は歴史書にも記述があるが、その妻とされる祝融は三国志演義にのみ登場する人物である。

概要

名前

「祝融氏」または「祝融夫人」などと呼ばれる。普通に考えて、当時の女性は姓だけをとって「○氏」「○夫人」のように呼ばれるので、彼女は祝融という家の出身の人で、他の女性の例に漏れず下の名はわからないということになるはずである。

しかし注目すべきは、彼女が祝融神(中国古代神話の火の神。南方を司る方位神でもある)の末裔を名乗っていたことである。と言っても、日本の皇族のように神を先祖とする家柄というわけではなさそうで、単純に神の名を借りて自分を誇示したかったのであろう。とするならば、「祝融」というのは彼女が自分のみを指して自称していたものということになる。

彼女の弟の名は帯来と言い、祝融姓ではないことも気になる。ただこれは、弟は「帯来洞主」と常に役職名を付して呼ばれることが多く、そのことから帯来とは人の名前ではなく洞の名前で、弟は「帯来洞の洞主」と言う意味で呼ばれていたように思える。

祝融は実在しない創作の人物であるという説が有力であるが、そうであるなら、筆者にこれらの事を尋ねてみたいところである。

どこから手に入れた

「愛馬は赤兎馬」という無茶苦茶な設定もある。

奥様は飛刀女

孟獲は蜀に反乱を起こし、その鎮圧に来た諸葛亮に対して応戦したが、何度も敗れ、その度に逃がされた。 そのため、各地の洞主を集めたり、他国の協力を仰ぐなどしたが、その者たちも同じように敗れた。 そして孟獲が5度捕らえられ、5度逃がされたとき、打つ手に窮し、みなで集まっても良い策は浮かばなかった。

そのような男たちを見かねた祝融は、自ら申し出て、手に薙刀を持ち、背に数本の飛刀(手投げ刀)を収めた箱を背負い、軍を率いて打って出た。 そこで祝融は男顔負けの武芸と、百発百中の飛刀の腕で、蜀軍の馬忠張嶷と戦い彼らを生け捕った。 そこで、趙雲魏延といった腕の立つ武将が立ちはだかったが、飛刀に手を焼く隙に取り逃がすばかりだった。

魏延に捕らえられる

諸葛亮は、罵声して祝融を怒らせ、魏延にわざと負けさせて自陣に引き込み、趙雲・魏延に捕らえさせる作戦でようやく祝融を生け捕った。 そして捕らえられていた馬忠・張嶷を取り戻すため、祝融を孟獲に返して交換した。

蜀に恭順

夫孟獲はその後も抗戦するが、やはり捕らえられては逃がされ、7度に至った(七縱七禽)。 祝融は夫と共に心から心服して、夫に伴って蜀に降伏した。

血縁

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