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益州(えきしゅう)

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益州(えきしゅう)、西南方に位置する州。

概要

天険の地

益州は周りを高い山々に囲まれており、出入りには断崖に打ち付けられた桟道を命懸けで通らなければならなかった。その為、益州内は戦乱の地となる事も少なく、土地は豊かで多くの産物があった。漢の始祖劉邦はこの地形を利用して秘密裏に項羽に対抗する力を養った。

劉焉・劉璋による支配

霊帝の時代、黄巾の乱により各地で反乱が起きていた。劉焉は中央の混乱から避ける為、自ら益州を願い出て益州へ入る。劉焉の死去後、劉璋がその後を継ぎ益州を治めた。しかし民を省みない政治をしていた為、民心は劉璋から離れていった。

劉備の入蜀

劉璋家臣の張松法正らの謀略により、荊州劉備が益州を乗っ取るべく来襲する。劉璋軍は家臣の裏切り等内部から瓦解し劉璋は降伏した。益州は劉備の支配下におかれた。

劉蜀の滅亡

劉備没後、劉禅がその後を継ぎ治めた。鄧艾鍾会が蜀の桟道を越えて来襲し、成都に迫った。劉禅は驚き戦わずして降伏した。

鍾会の反乱

鍾会が姜維にそそのかれ反乱し益州牧を自称したが、直ちに鎮圧された。

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