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烏丸(うがん)

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烏丸うがん烏桓ともいう。もともとは東胡と言って現満州あたりの地域で遊牧をしていた民族が、紀元前200年ごろに匈奴に攻められて逃亡、鮮卑山に移住することとなった者たちと、烏桓山に移住することになった者たちに分かれた。烏桓山に移住することとなった民族を烏丸という。その首領を大人と呼ぶ。遊牧民で、乗馬・狩猟が達者。そのため騎兵は騎射に優れ、精強で鳴らした。

匈奴に従属していたが、匈奴の国が南北に分かれ、漢民族のの半属国状態となったため、烏丸はその支配から免れ、自立した。

烏丸の大人・丘力居は漢の領土を侵食しようと幽州青州に何度も攻め込んだ。しかし劉虞が幽州太守となるとこれを慕い、恭順したという。しかし劉虞が公孫瓚に殺害されたため、烏丸は公孫瓚に敵対する。公孫瓚が袁紹と戦うとこれに味方した。丘力居の跡を継いだ蹋頓は袁紹から単于に任じられた。その袁紹が曹操と戦い敗れると、袁紹の子息や敗残将たちをかくまったため、曹操に攻められた。蹋頓は討ち殺され、烏丸族は20万人以上が移住させられた。

この後、漢や鮮卑に同化し、民族は消滅していった。

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