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濮陽興(ぼくようこう)

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濮陽興ぼくようこう224年頃~272年)、子元の丞相。

概要

丞相就任

孫権の代から呉に仕えて内政に活躍した。

第二代皇帝孫亮の頃から、皇族の丞相孫峻の跡を継いだ孫綝が政権を独占して専横政治を行っていたが、第三代皇帝孫休が即位すると、丁奉張布らと謀議して孫綝らを排除した。

すると濮陽興は、それまでの手腕が評価されて丞相となった。

専横

孫休は政治をほったらかして学問に熱中し、実権を握った濮陽興は張布とともに専横して悪政を行った。

孫皓擁立

孫休の崩御直前、その息子らが幼少だったため、濮陽興と張布は本人の遺言に反対して甥である孫皓を跡継ぎとした。しかし孫皓は即位して第四代皇帝となると、刑罰の濫発、拷問、虐殺など配下に対しての暴虐な行いが絶えなかった。濮陽興と張布は孫皓を皇帝にしたことを後悔し、孫皓の廃位を考えたという。

謀殺される

その後、濮陽興らに恨みを持っていた万彧が孫皓に讒言し、濮陽興と張布は失脚したうえ死罪となった。

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