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曹彰(そうしょう)

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曹彰そうしょう生年不詳223年)、字は子文。稀に曹章と記述されることがある。曹操の四男。正室となった卞氏の子としては二番目。魏氏春秋によればの第三代皇帝曹芳の祖父にあたる。

人物

馬鹿力の持ち主で、素手で猛獣を倒せた。虎の尾をつかんで引っ張りまわしたり、象の鼻をつかんでねじ伏せたりしたという。その怪力を擁した武勇で曹操の息子きっての武闘派となる。曹操から虎のようなヒゲをたとえられ「黄鬚児(こうしゅじ。『きひげ』ではない)」と呼ばれた。弓も名人級。

あるときは百人で動かせない一万斤(2㌧以上)の盃を一人で担いで走った(うそつけ)。

ある馬が欲しくてその馬主に妾をくれてやったことがあると言う大雑把な人。

概要

北境の統治

中央で帝王道を学ぼうと他の曹操の息子たちを尻目に、自らの武勇を生かせる将軍職を全うした。その甲斐あって代郡に赴任し、田豫と共に烏丸鮮卑統治を行った。(はじめ田豫に従って実戦を学び、のち大将となったようだ)曹操自ら烏丸討伐に出征したときもこれに随行した。鮮卑の軻比能に恭順したのは、曹彰の武勇を恐れたからだと言われる。

皇帝には・・・なれそうに無いな

しかし、曹操が死亡すると、曹操が持っていたという伝国の玉璽のありかを尋ね、賈逵に「あなたの尋ねるべきことではない」と突っ込まれている。そのうえ曹操の後を継いだ兄・曹丕にもその武勇を警戒されて遠ざけられている。

曹操が死亡した3年後に亡くなった。

血縁

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