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何晏(かあん)

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何晏かあん生年不詳249年)、字は平叔何進の孫。の重臣。妻は曹操の娘・金郷公主

概要

毒の才

曹操の側室・尹夫人の連れ子である。実の父は定かでない。尹夫人は何進の娘であったが、尹夫人の叔母に何皇后がいることを考えると、尹夫人や何晏が美しい顔立ちをしていたとしても不思議はない。事実、何進が十常侍に殺害されると、尹夫人は曹操の妾にされたのである。そしてその後曹操に育てられた何晏は異常なナルシーで、顔におしろいを塗り、鏡でその顔を見ていつもウットリしていた。しかも、どエロだったと言う。

また、五石散という麻薬の中毒だった。しかも自ら発信源となってこの麻薬を流行させ、一説には「五石散を使いながらふらつき歩く」ことが散歩と言われるようになり、現代でも普通に使われる散歩という言葉の語源となったと言う。

論語集解」・「老子道徳論」の著者。儒学に新風を吹き込んだと言う。それまで現実的な一般道徳としての儒教が主流だったのに対し、世俗からかけ離れた清らかな思想を持った。竹林の七賢も大きな影響を受けている。

専横に加担

曹操の死後、曹丕曹叡からは重用されなかった。しかし、曹叡からその後継者である曹芳の後見を命じられた曹爽と仲がよく、曹芳が皇帝に即位すると、曹爽と共に司馬懿に名誉職を与えて中央から遠ざけ、曹芳をないがしろにして権力を独占した。

しかし司馬懿がクーデターを起こし曹爽が捕らえられると、何晏も曹爽に連座して処刑された。

血縁

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曹操

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