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これは君臣が高度の信頼関係を持っていた事の証拠であるとよく言われてきた。だが一方で、こんな発言は別の人間には大いに疑念を抱かせるものだと後世の知識人から非難されてもいる。著者の見解はこれを更に発展させたもので、劉備が諸葛亮を警戒し、先手を打って「奪え」と言う事で亮の野心に牽制を加えたとする。また「出師の表」も劉禅に対する掣肘だとも言う。つまり、全く反対の見方となっているのだ。
この点に関して読後の印象ですが、なるほどそうも取れるなと感じはしたけれども、諸葛亮の心中はともかく事績を見れば、よくあるうがち過ぎな見方に過ぎないのじゃないかと思う。確かに劉備が諸葛亮に信を置いていたかは分からないが(正史の少ない記述ではどちらとも取れるので)、亮が野心を抱いていたというのはどんなものだろう。劉備の遺言ひとつを元にこの結論では余りにも突飛過ぎる気がする。
最後にこの本の書名が気になるのですが、名と字はくっつけて呼ぶ事はありません。専門家は、こういう事は気にならないのでしょうか。